液体状の夕焼け

不自然な呼吸 世界一の秘密 悲しかったよ

玉虫色のマーチ -盛岡青森一人旅 その1-

 暑い季節は、ひたすら北へ北へと旅をしたくなる。苗字からルーツを辿ると、もともと近江の国にいた一族が、なんやかんやあって青森に北上した家系のようで、その血が数百年後の自分をも駆り立てるのだろうか。

 

 土曜日。

 休日出勤を終えた私は、その足でいそいそとレンタカー屋さんに向かい、この二泊三日の相棒と対面。玉虫色をしたマーチであった。玉虫色の生き方を脱却できずに苦悩する今の自分には相応しい色だなと思う。

 今回の旅は、盛岡~青森の二泊三日だ。一番の目的は恐山である。生と死が交差するあの場所で、自分の命を見つめてみたかった。

 盛岡までは、仙台から車で二時間強。玉虫色の相棒は、今日びリモコンロックさえついてない旧式で、燃費がすこぶる悪い。見る見るガソリンメーターがEの側へと近づいていく。走れば走るだけ、自分の身体も同じように空っぽになって、余計なものが削ぎ落とされていく感じがする。だから運転するのは好きだ。

 高速道路を走らせていると、路側帯で休んでいる車を発見。でも休憩したいなら、もう少しでPAがあるのに。よっぽどの緊急事態だったのだろうか。あるいは、急激な性衝動?

 高速道路に車を停めて、真横を猛スピードで車が走るなか、死と隣合わせでセックスをしてみたい。ジョルジュ・バタイユエロティシズムとは、死に至るまで生を称えることである」 と言っていたけれど、そんな衝動に突き動かされたふたりが、ひとつになっているのかもしれない。

 そして、こんなセックスで子供ができることになったら、素敵な皮肉である。

 

 そんなことを考えながら、盛岡に到着。まずは繁華街であるところの大通りへ。てくてく歩いていると、櫻山神社なる神社を発見。近づいてみると、あまりにも不気味な人形が立っていた。「領民安堵」って書いてるけど、こんなの見ても安堵できるわけないでしょうに。

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 今回、どうしても食べたかったのがじゃじゃ麺だ。冷麺なら仙台にも美味しい店があるけれど、じゃじゃ麺はホームランどころかヒットさえ見つからない。

 地元の美味しい店は、地元の人に聞くに限る。ということで、ほろ酔い加減で歩いていたスーツ姿の女性に声をかけて、おすすめのじゃじゃ麺屋さんを聞くことに。一瞬怪訝そうな目を向けられたけど、旅の者ですと説明すると、優しくいい店を教えてくれた。盛岡はいい街だ。

 彼女を信じて向かったのは、香醤さん。おやじさんとおかみさんのお二人でやっているようなお店であり、その飾り気のない雰囲気は、確かに観光客よりも地元の人に愛されそうだなと思った。

 壁の張り紙には、「生麺の為ゆで時間が12分くらいかかります」と書いてある。結構長いな……待つ分だけ、期待は膨らむ。

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 そして出てきたのがこのじゃじゃ麺。ずばり、美味しかった。味噌のしょっぱすぎず薄すぎずの絶妙な塩梅。そして、少し柔らかめの麺が味噌とよく絡み合う。ひさびさに、ちゃんとしたじゃじゃ麺を食べることができた。もちろんチータンも。

 あのお姉さんを信じてよかった。飲み会帰りにも関わらず、いいお店を教えて下さり、ありがとうございます。ちなみに彼女が言うには、盛岡の人は飲みの締めにはラーメンではなくじゃじゃ麺を食べることもあるらしい。さすがソウルフード

 

 まだ小腹が減っていたので、次は冷麺を食べたくなった。先ほどと同じように、道行く地元の方にお店をリサーチ。すると、だいぶ千鳥足になっている20代前半くらいの女性が優しく対応してくれた。

 そのころはもう23時を過ぎていたのだけど、彼女曰くこの時間に冷麺屋さんはもう開いていないとのこと。焼肉屋さんなら何件かやってるみたいだけど、冷麺オンリーという感じではないようだ。がっかり。

 職場の後輩と遊んできたという彼女は大量にお酒を飲んだようで、終始ハイテンションでそのような説明をしてくれたのだけど、その勢いにこちらも感化されて、冷麺とか関係なしに、普通にもう一杯飲みましょうと誘ってみる。あー、旅を口実にした体の良いナンパだわ、これ。

 

 若干迷いながらも、哀れな旅人を不憫に思ったのか誘いに応じてくれる彼女。盛岡はいい街だ。もはや全国どこにでもあるような居酒屋に入って、地元のことをいろいろと聞いてみる。

 曰く、あまちゃんで「じぇじぇ」が流行ったけど、あんなの岩手のごく一部の、しかもかなりの高齢の人しか使わない局所的な感嘆詞に過ぎなくて、もっとポピュラーなのは「じゃじゃ」のほうみたい(しかも、発音は英語のtheに近いそうな)。

 僕が「方言を使う女の子って可愛いよね」って話すと、彼女は「九州とかそっちのほうなら可愛い。『あんたのこと好いとーと』とか言われたら、女の私でも落ちる自信がある。でも東北の方言なんて可愛くないよ」と自嘲するので、いかに東北の訛りがめんこいかを力説してあげた。

 ちなみにその娘の喋り方は、まるで美少女ゲームに出てくる女の子みたいに擬音をたっぷり使ったものであって、方言を交えた擬音って新しい萌えのジャンルになるんじゃないかと思った。ビジネスチャンス!

 

 その流れで?恋愛トークとかもしてみる。彼女は彼氏といるよりも友達と遊びたいタイプらしく、それで前の彼氏とも仲違いしてしまい、それ以降しばらく恋愛はしていないようであった。「自分の時間って大切っすよねー。そうじゃなきゃ、しんどいもんねー」と同意する。自分だって一人旅大好きな種族だもの。そういうのを尊重してくれる人じゃないと、疲れる。

 その夜僕は、彼女とベッドを共にする夢を見た。旅先のアバンチュール、よくある話だろう。まるで成人向けゲームに出てくる女の子みたいに、擬音たっぷりの喘ぎ声を上げる(という妄想の)彼女と交わっていると、脳味噌の細胞がどんどん破壊されていく感覚がしてきて、とても気持ちいい。

 きっとセックスで壊れた細胞は、より洗練されて、また甦るのだろう。ゴムの中で尽き果て、これが死に至るまで生を称えることなんだと、彼女の柔らかい身体を抱きしめながら思った。そんな夢から醒めると、盛岡の夜は静かに更けていった。