液体状の夕焼け

不自然な呼吸 世界一の秘密 悲しかったよ

生と死の幻想 -盛岡青森一人旅 その3-

 僕にとって、青森は死の薫りがする都市である。

 あれは小学3年生のころ、特にイジメを受けていたとかではないのに、なぜかとてもナイーブになっていた当時の自分は、とにかく死にたいと思っていた。毎日死の幻想に取り憑かれていた。そのころは信仰心の厚いクリスチャンでもあったから、死んだら天国に行って幸せになれると考えていたのだ。

 そんなある日、親に連れられ青森から函館へとフェリーで向かおうとしていた時のこと。後部座席でウトウトしていた僕は、ぼんやりと死について考えていた。あのフェリーが沈没したら、きっと死ねるに違いないとか。ちょうどタイタニックが流行ってたころだし。

 ちょうどその時カーラジオから流れてきたのが、シーナ&ロケッツの「ユー・メイドリーム」であった。浮遊感のある幻想的なメロディやギターリフに、僕はうっとりしてしまった。死ぬ時にこの曲が流れていたら素敵だなと思った。しかし同時に、こんな美しい曲があるならもう少し生きていてもいいような気もした。

 この日、この青森で初めて、生と死の境目なんて簡単に乗り越えられるのだと思い至った。そして僕はまだ生きていて、再び青森へと旅をしている。


シーナ&ロケッツ You May Dream(1980) - YouTube

 

 月曜日。

 朝6時起きで恐山に出発。なんせこの日は、青森→恐山→仙台という合計9時間の行程を運転しなければならないのだ。のんびり寝てる暇はない。

 というわけでガンガン運転したんだけど、前をトロトロ運転してる車を抜かそうと思って対向車線に移り、しかし向こうから車が来たのを見て急いで元の車線に戻ったその時、「ドン」という大きな音とともに車内に衝撃が走り、走れば走るほど車がガタゴト激しく揺れる。パンクだ。

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 無残な姿になった相棒の後輪タイヤ。このせいで車は真っ直ぐ走らないし、ブレーキもかなり効きにくくなった。車体が奏でるガタゴト音の中で、僕は死を覚悟した。交通事故死だったら新聞くらいには載るかなとか思いながら。

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 そんな折に整備工場を発見したので、助けを求める。中にいたのはいかつい顔したお兄さんだったけれど、事情を話したらとても親身になって対応してくれて、迅速に修理をしてくれた。待ってる間は事務所に通していただき、なんと社長さん直々にコーヒーまで振る舞ってくれた。人間ってあったけえ!まだ死ぬわけにはいかないと思った。

 

 やはり生と死の境目を意識するようなハプニングを経て、いよいよこの一人旅最大の目的である恐山へ。霊場に着く前に三途の川を発見。

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 Wikipedia先生曰く「善人は川の上の橋を渡り、罪人は悪竜の棲む急流に投げ込まれる」そうなので、善人のフリして橋を渡ってみた。

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 橋の上から見た川の水はとても澄んでいて、これが悪竜の棲む急流だとは思えなかったけど。

 

 霊場に到着して、まず目に飛び込んだのが霊場アイスである。「恐山盛り!!」って何だ。そんなにオドロオドロしい量なのかと思ったけど、買ってる人を見たら割と普通の盛られ方をしていて拍子抜け。

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 このゴツゴツとした岩肌が恐山の特徴である。よく見たら、後ろのほうの岩がケルベロスの顔みたい。悪いことをした奴は、荒れた岩でカモフラージュをした冥界の番犬に飲み込まれて、地獄に連れて行かれるのだろう。恐山にはいろんな地獄があるのだけど、ここは無間地獄。僕もいつか亡者となってここに堕ちてしまうに違いない。

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 血の池地獄という恐ろしい名前の地獄もあった。血というよりも、むしろ藻の色をしているのだけど。

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 はっ、もしかして亡者になったら、人間と同じ赤き血潮は流れなくなるということなのか。ヘドロみたいな色の血が流れた亡者は、きっと血の池地獄で苦しみ続けるのだろう。

 

 恐山といったら、やっぱり原色のかざぐるまである。無機質な色をした岩肌と、強く激しい色合いのかざぐるまのコントラストが強烈で、引きこまれてしまう。ここに集まった水子たちは、このかざぐるまで楽しんでくれるのだろうか。せめてそれならば、残されたほうも救われる。

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 さて、恐山には地獄もあれば極楽もある。生と死と同様に、極楽と地獄も隣合わせで、もしかしたら簡単に乗り越えられるのかもしれない。その極楽とは、宇曽利湖(うそりこ)という湖である。

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 写真じゃ伝わりにくいけど、まるで南国のビーチのように鮮やかな風景。水はどこまでも透明で、冷たくて、気持ちいい。深い緑をした森の木々は、僕たちに美味しい酸素を提供してくれる。青い空、白い雲。青い湖面と白い砂浜。この静かな湖畔は、まさにこの世の極楽である。昨日出会った美大の女の子が、恐山のなかでも宇曽利湖が一番好きだって言っていたのも宜なるかな。こんな美しい湖で、そんな女の子と心中できれば幸せかもしれない。

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 宇曽利湖とかざぐるま。孤独な霊魂も、ここで遊べば穏やかな気持ちになれるかな。

 

 極楽を過ぎると、新しい自分に生まれ変わる場所、胎内くぐりへと辿り着く。

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 坂の傾斜がかなり厳しい。新しい自分になるのは、容易なことではないのだ。

 

 五人組(五体組?)のお地蔵さんもいた。左端のサングラスを掛けた子が可愛い。昔のマイマイみたい。そうだ、ちょうど五人だし、これを℃-ute地蔵と呼ぼう(罰当たり!)。

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 印象的だった言葉。「人はみなそれぞれ悲しき過去持ちて賽の河原に小石積みたり」。小石を積み上げては、それを誰かに崩される。もしかしたら、自分自身もその「誰か」になっているのかもしれない。人生なんてそんなものなのだろうか。

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 恐山までのドライブルートで印象的だったのが、紫陽花の鮮やかな青色。硫黄の匂いが強烈なこの地域だから、強い酸性の土壌なのだろう。

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 この青と緑の対比。さっきの岩肌とかざぐるまの対比。そして極楽と地獄の対比。僕らはいつでもあっちの世界に行けるし、きっとこっちの世界にも戻ってこれるのだろう。このふたつは断絶しているようで、本当はつながっているのだから。

 生と死の幻想のなかで、僕らは永遠に踊り続ける。

 

 こうして今回の旅は幕を下ろしたのだった。